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あいちトリエンナーレ

すーごい甘いのが欲しいときがある。
テレビから山際澄夫という人の声。これは意見というより処世術を聞かされてるみたいな。すごいな。


名古屋で開催されたあいちトリエンナーレにいってきました。

会場が七ヶ所にも分かれていて
地下鉄での移動や体力を考えたら時間が限られてきそうだな、と思って
ずいぶんと急ぎ足で駆け回ったのですが
とりこぼした作品も多かろうと思われ、いま考えたらもったいなかったなと。

まだ入っていない会場なら別の日に入場することもできるので
何日かかけてじっくり鑑賞すれば良かったんですが、
10月いっぱいまで開催してるしまだいいや。とか
この時期まで引き延ばしてたのがまずかったですね。遅すぎた。


どういう作品が展示されているのか知らないまま
三年に一度の国際芸術祭ってなんだろう。すごいかも。人生変わるかも。と
未知なるものとの出会いにドキドキしつつ足を運んだんですが。
いざ展示場にて、アトラクションみたいなものや
都会での異物感を出したみたいなもの、意外な生命感を示したもの
自分には理解できないものなど、
発想も手段もいろいろな作品が続々と登場するのをみていると
お祭りかあ。百鬼夜行みたいな。
名古屋に絡んでくる妖怪のパレード。をこの世から眺めてるみたいだな。
と思いました。

いちばん印象に残ったのは
名古屋市美術館に展示されていた塩田千春さんの作品で、
すごく大きい、子供が50人くらい手をつないで囲めるくらいの
白いでっかいシーツの上に直径 8ミリほどの透明なチューブがどっちゃりと、
2/3食べかけのスパゲティぐらいに薄く盛りつけてある。
そのチューブには赤い液体がいくらか隙間を持って注入されていて、
チューブの中で濃い赤薄い赤透明の三色にくっきりと分かれている。
幾重にも重なり曲がりくねったチューブのほうぼうで、液体が息をするように
ときおりとっくんとっくんと動くのがみえる。

白地にぶちまけられた赤色に
映画「キャリー」のショッキングシーンを思い起こしたり
ヤスデが大量発生して電車を止めたニュースの光景を清潔に表せば
こういうふうになるのかも。とか考えました。
清潔に管理することと雑多としたたくましい生命群が対立している図、という
印象だったです。


長者町会場では、どこに作品があるのかさがしあぐねて
その辺りをうろうろ歩き回っていたのですが、
展示の作品をみてうずうず感じたり思ったりするのもいいけれど
歩きながら町の様子をみるのもなかなかだな。と脱線してしまい
散策のほうに気持ちが向くようになってしまいました。

生地屋や服屋やボタン屋などがたくさんみられ、
繊維という産業で町が成り立っていること、
合理的で無難な新デザインと遊びが感じられる旧デザインが渾然とした建築群、
道が格子状にできている見通しの良さ、
地面に高低差がなくてのっぺりしている薄気味悪さ、
城下町のにぎやかさと一体感、
交差点に信号がなく自動車もあまり通ることなく
町をゆっくり眺めみられたこと、
いい年のサラリーマンがわいわいと集団で歩道を占領して歩いている姿、
こんな立派な建物はどうせ銀行だろうとか思ったらほんとにそうだった、など。

そんなこんなを眺めつつとぼとぼ歩いているうちに那古野神社を発見。
うちの近所の神社と違って敷地が広く、よくわかってないけど
ご神体らしきものが五六もあって、多くの人が関わった様子がみられました。
ゆっくり歩き回ってみると、静かで厳かななかで
何体かある狛犬の一匹の鼻あたりが欠けていたり、
灯籠に寄ると危険ですと張り紙があったり、
めがねをかけた若手サラリーマンが一人で弁当を食べていたりと
ここだったら日常から逃げ出すことを
許してくれるかもしれないね、という気持ちになる。

もともとは千年前に創建されて、百年前にこの場所に移ってきたらしいけれども
生活や環境がどんどん変わっていくなかで、町のおもりのような役割として
ずっとゆらぐことなく存在している。
こうやって眺めていろんなことがゆっくり考えられるのは
ほんとにいいな。豊かだなと思う。

神社を出ると広い車道に隣接していることがわかり、上空には高速道路が。
自動車がどんどん通るのを眺めていたのですが、
この辺りはどういう考えでこうなったんだろう。
いずれ調べてみたいところです。


自分は現代芸術という枠組みをわかっていないのですが
自分が観た作品の一部に限っていえば、
腕を素直に見せるようなものはあまりなくて
発想を形にすることを目的にしたり、
鑑賞者に想像や空想を促すもの、みたいな感じがするものが多かったかと。
作者の身体にしみ込んだ目線や腕よりか
その時点での瞬発的なアイデアや技術が表に立ってるものが多い印象で
ぱっと見て理屈づいた玩具というか、科学の実験をみてるみたいだなーと
思ったりしました。

手を動かして作る楽しみが伝わりにくい、というより
存在しないものすらあるみたいだったし、全体的に不安定さを感じました。
正直なんだかあたまの良さそうな作品ばかりで、ちょっとぐったり。
自分などにはもったいなかったかも。

駆け足でしたが一応いろんな作品を拝見して、
長者町一帯の
歴史を積み重ねてきた造形を眺めることもできて良かったなと。
まだトリエンナーレの一回目みたいだけど、試みを続けていって
ものをつくるということを気にしてくれる世間になっていってほしいなーと
期待しています。

— posted by KaitenZ at 04:38 am   commentComment [1] 

原マスミ弾き語りライブ

「原マスミ弾き語りライブ」に行きました。

鉄道の高架下のスペースを使ったライブハウスで、
中に入ると太いコンクリートの柱四本に囲まれているのが見え
ときおりがったんだったんと線路を鳴らす音がきこえます。

自分は舞台の前に席をとったのですが
あまり広くない場を見渡してみると二階があり
右上、後ろ上にも席が並んでいて
極ミニ版の劇場というかんじ。
気がつくとたいへんな満員で
ぎちぎちに人の顔が並んでいて、
こういう町からちょっと離れたところに大勢集まって
みんなが同じように
ぼんやりオレンジ色のライトがあたっているのは
昆虫の冬越しみたいだとおもしろく思いました。
自分もその一部になっているんだなと。

複雑に入り組まれた柱の木材や
薄暗い舞台うえの黒ずんだ謎のカーテン、
変わった顔の彫刻がいくつも飾られていたり、
いたるところになぞが隠れた魅力的な場所でした。


入場時にいただいたちらしを眺めていたら
いつのまにか原マスミさんが舞台で準備していて、驚く。
軽いチューニングの後
カセットで何度も聴いていたあの声が耳にできて、
本当なんだと感激が走りました。ドキっとした。

今回のステージは弾き語りということで
原マスミさんがひとりで楽器を使って歌うのですが、
ギターやベースの扱いが激しく
ひとつの楽器からいろんな音が
次から次へと出てきて、圧倒されましたね。
原マスミさんは遠くをみたり、楽器を抱えて目を閉じたり。
すごかったです。

曲目は「夜の幸」からの曲と
アルバム未収録の曲が半々くらい。

アルバム未収録の曲はどれも初めて聴きましたが
これまでのアルバムの曲と比べて
ストレートな言葉でより身近な題材をうたっていた印象で、
ちょっと驚きでした。
そういえば「夜の幸」から 20年経ってるんだなあと。


アンコールでは照明をおとして星空が映され、
とてもロマンチックに「ピアノ」を演奏。

原マスミさんの音楽はどれも
小さいものがたりのようで、
聴いていると、そのうたの中に住むものたちを
間近でみている気分になります。

夢をみているもの、いたずら好きなもの、
世界を作っているもの、聖なるもの、
へんなもの、たまらないもの、
人間のようなもの、そうでないもの、、
等々と対面するような、こわくて楽しい時間だったです。


原マスミさんの言葉の中で
遊んでいたものたちはどうしているんだろう。
むかしと変わらず暮らしているのかなあ、などと思いながら
ぼんやりと家に帰りました。

— posted by KaitenZ at 01:05 am   commentComment [3] 

スズキコージのズキン惑星展

名古屋、電気文化会館での
「スズキコージのズキン惑星展」をみてきました。

会場は三部屋に分かれていて

 1.絵本で使用された絵の展示。
  出版されたスズキコージさんの絵本も集められ、
  自由に読めるようになっている。
 2.商業用かそうでないのか、わからない絵の展示。
  でっかい絵がいっぱい。
  コラージュなど、いろんな種類の絵がありました。
 3.来場した人が参加できる「万国旗作成コーナー」?
  自分は参加してませんが、何台か机が置かれていて
  真剣な子供の顔が仮面のように並んでました。

がありました。

まだ背のひくい子供がみやすいようにとの配慮か、
展示作品はやや低く設置され
自分は目線を下にしてみることが多く、
巨人になったみたいだと思ったりしました。

たくさんの絵のほか、
天井からは人形がつるされていたり
シンメトリー模様の切り絵が
万国旗風に飾られていたりと、
わからんいきものがたくさんいる森の中に迷ったよう。
すれ違った子供がこわいこわい言ってたな。


造形、色の使い方、描き方など
とにかく精力的に感じられる絵で、
隠し事なしで描ききってる印象を持ちました。

でたらめで緻密でにぎやかな生き物たちと、生き物でないものたち。
ぼんやり眺めているだけで音楽がきこえたり、
どこかの場所のにおいが漂ってきたりする錯覚があります。

勝手な印象なのですが、スズキコージさんは
イメージを具体的に絵にすることに対して器用で
絵の完成像への意識が出来上がっているように感じます。
自由に描くと同時に
しっかりとした考えをお持ちなんじゃないかな。とか。。
ともあれ、ロマンチックでたくましくて
親しみがある絵だな、と思いました。


鑑賞中、不思議を具体的にしたイメージが
天災のように絶え間なく目に飛び込んできて
つねにぐるぐる回り続けていました。
会場を出るときにはお祭りというか、
宇宙のパレードみたいなものに参加した気分で、おなかいっぱい。
すごかったです。

— posted by KaitenZ at 02:04 am   commentComment [1] 

武原はん

いつのまにかガチャピンの日記の更新頻度が減ってるな。
もっとこころの闇を示してみろ、と
期待みたいな応援をしてないこともないんだけど。
http://www.fujitvkidsclub.jp/Link



テレビの「芸能花舞台 伝説の至芸・武原はん」みる。

以前読んだ日本舞踊についての本に
武原はんさんのことが取り上げられていて
そのお名前が、記憶の底のほうで気になってたんだけど
ようやく動く映像をみることができました。


舞台の真ん中にひとり和服姿の女性が傘を持ち、
無表情にしゃんとした姿勢で立っている。
弦をはじく音がリズムを作り
ときおり風景のように地唄が聞こえてくる。
その地唄に合わせてだろうか、踊るというより所作するように
女性がゆっくりと動いたり、身を固くしたり。

立ち姿の清々しさを持続しつつ
心地よい曲線をゆったり描きながら動作している。
日本舞踊のことはぜんぜんわかってないけど
この所作は本人自身の思う理想を積み重ねた
気に入らない部分を何度も削ってできた結晶みたいなものなんじゃないか。
緊張感が軽やかに持続している、と見させる厳しさは
相当のものじゃないかなあ、とか、思いました。


一応ビデオにとっといたので、地唄の意味を調べれば
もっと的確な意味に近づけると思うけど
めんどくさがってやってない。
優雅な立ち振る舞いだったな〜と
見た目に感激するだけになってるのは、いいんだか悪いんだか。

— posted by KaitenZ at 02:02 am   commentComment [1] 

創作舞踊 “火”

自分がピンク色の一つ目一本足とげとげ怪物になって
必死にぴょんぴょん飛び跳ねる夢をみる。
ここで占ってもらったら

http://dream.kdn.ne.jp/Link

「あなたの夢には象徴的なシンボルが見つかりませんでした 」
と言われた。


「芸能花舞台 花柳寿南海の創作舞踊 “火”」という
テレビ番組をみたのですが、
初めて日本舞踊を面白いと思いました。

いままで日本舞踊がどういうものであるのか、まったく知識がないまま
ちらちらっとテレビで見たところでは
なにやら踊り手の下半身に重心がいっていて
動きが型にはめられているような印象で、見た目が重い。

また、表情や動きが意図されすぎていて
感情を感じとりにくいのもつまらない、などと思い
正直好きでも嫌いでもない「へんなもの」だったのですが、
この番組ではいろいろな“火”の表現を見ることができ、
わけもわからずなんだろうこれはと
見入ってしまいました。


自分は日本舞踊の何にこんなに感激したんだろう。。

言葉にまとめるのが難しいんだけど、
身体の線、線の変化、塊、ゆらぎ、落ち着き、
全体、巻き込み、不動。
ただそのまま流されているような、
風景だけが示されていたような感じ。

音楽は邦楽で場面をスケッチするように作曲してあるのが
とても新鮮で、面白かった。
テレビの演出も
画面が切り替わりすぎてうるさいところもあったけれど、
舞台はシンプルで踊りを邪魔しないし、
カメラの動きやイメージ画像への変化も自然だったと思う。


うーんー。いろいろと思うことはあるのですが
どうも「きれいだった」レベルの感想どまりで
感動の核にたどりつけないでいます。
録画しときゃよかったと後悔しきり。

— posted by KaitenZ at 12:20 am   commentComment [0] 

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